4月3日は武田氏滅亡の日
この日の天目山の戦いが、戦国大名武田氏の滅亡とされます。
最後の武田氏当主、武田勝頼は評価の難しい武将です。
父である武田信玄があまりにビッグネームである点からどうしても比較対象になりやすく、「家を滅ぼした暗愚の将」として扱われるパターンが多いのも事実です。
しかし長篠の合戦から武田氏滅亡まで7年のブランクがある点を見逃してはいけません。
実際、武田氏の領土が最大となったのは勝頼の時代です。
かの信長も当初の楽観視を改めて「あの若造は侮れぬぞ」という手紙をしたためた程です。
事態が大きく動いたのは1582年。
信玄の娘婿であった木曾義昌が織田氏に寝返ったのを契機に織田信長は勝頼の討伐を決定。
この時に殆ど同タイミングで浅間山が噴火し、不安を煽られた武田軍は次々と離反者が続出してしまいます。
殆ど抵抗できずに次々と拠点が陥落、劣勢ながら奮戦した高遠城の戦いでは殆どの将兵が討死。
遂には逃亡先と決めていた城の主からも離反を突き付けられ、進退窮まった勝頼一行は僅か70騎の手勢で滝川一益率いる追撃部隊3000と天目山で対峙。
奮戦の果てに妻子共々自害して37歳の生涯を閉じました。
既に全国の大名の大半は同盟という名目で織田氏に従属する姿勢を明らかにしており、武田氏の滅亡により残る抵抗勢力は上杉氏と毛利氏のみ(それと領土問題でこじれた長宗我部氏)となりました。
上杉氏には柴田勝家が、毛利氏には羽柴秀吉が軍を進めており、既に信長の天下統一は秒読みだと当時の誰もが確信していたと思われます。
この僅か三か月後、運命のXデーが訪れるその日までは。
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