サマー化ケーション
「ねえねえ、幽子ちゃんは僕らが見えるでしょ? ちょっとボスの相談に乗ってよ」
振り返ると、そこにはずらっとお化けの集団がいました。普通なら失神ものですが、幽子は子供の頃から”見えてる”子だったので、それほど驚きはしませんでした。
むしろゾンビ系じゃなかったので、お風呂入りなおさなくてすんだとホッとしたくらいです。
お化けに連れられて、定番の墓地にきた幽子。
そこにはここら一体のお化けの元締め、リッチさんがいました。
リッチさんはそうとう高等な死者らしいのですが、なぜかこんな片田舎でお化けをやっています。
なんでもヴァンパイアや死神との競争社会に疲れ、スローライフを求めてここにやってきたのだとか。死神とか、刀を開放して攻撃してくるので、だいぶウザかったそうです。
「幽子よ、夜分遅くに呼び出してすまなかったな。まあこれでも飲んでくれ」
リッチさんは丁寧な物腰でした。少しだけ皮のついた骨の手で、赤い飲み物を差し出してくれます。
「あの、これって……血じゃないですよね?」
「ニチ◯イのアセロラドリンクだが、なにか?」
「そなんだ……割と健康志向なんですね……あ、おいし。で、相談ってなんですか? 地上げの相談ですか?」
幽子が突然ぶっこんでくるので、リッチさんは少し引きつつ、
「こんな片田舎の墓地を地上げしても、たかが知れてるだろ……」
と返します。しかし幽子は堂々とした態度で言いました。
「高速道路通せばいいんですよ、地元の代議士さんをリッチさんのパワーでちょっと脅せば、計画ぐらい立ち上がりますって。後は噂を流せば、金の亡者が勝手に土地を買い漁りますよ。計画自体は頓挫で構わないんで、さっさと売り抜ければOKです」
ふふんと鼻を鳴らす幽子。
「幽子よ、おまえが見た目よりヤバい人間だということはわかった……だが今回は金儲けを求めておまえに声をかけたのではない。私の部下たちに、夏休みを与えてやりたいと思ってな」
「え? お化けって年中お休みなんじゃ? お化けにゃ学校も、試験もなんにもないっておじいちゃんが言ってましたよ」
失礼なことをしれっと言う幽子。
「それは誤解というもの。お化けは閻魔からノルマを課せられていて、毎月、一定の人間の肝を冷やさないと、リストラで地獄めぐりツアーなのだ。だからお化けはみんな、アクセク働いている。この暑い夏も、稼ぎ時だと鬼に詰められ、働き通しなのだ……。わたしはそんな部下たちが不憫でな、何か息抜きできることをさせてやりたいのだ」
ふう、と肩を竦めるリッチさんは、とても死者の王には見えませんでした。
「ちなみに閻魔様とリッチさんは、どっちが偉いんですか?」
「系統が違ってだな……わたしは西洋系なので、東洋と指示命令系統が異なるのだ。その上、遠い異国の地に間借りしてるような状態で、力も制限されている」
つまり閻魔には頭が上がらないってわけか、幽子は思いました。
死者になってもカースト社会を生きねばならない、なんと世界は残酷に出来ていることか! 見せかけだけ平等を装ったこの弱肉強食の社会で、幽子は地面師として立派に生きていこうと誓うのでした。
「でだな、幽子よ。お化けたちが楽しめる、よい遊びはないだろうか。ちなみにお化けはみんな非正規雇用で金がない。あまり金がかからず、それでいてエキサイティングで、かつ長続きする遊びなど、ないだろうか?」
普通でいいから、といいつつ、高い要求を突きつけてくる婚活女子のように、リッチさんはムチャなことを言い出しました。幽子は一瞬考え、
「やはり地上げをしてお金を……」
「そんな悠長なことをしていたら、夏が終わってしまうではないか! お化けたちのメンタルはもう、一刻を争うのだ! 精神科のレイス先生からも、「全員死んでます」と診断されたのだぞ!」
そりゃレイス先生でなくてもそう言うだろ、とは声に出さず、リッチさんが、見た目に反して面倒見のいい親分なんだなあ、と幽子は感心し、それならばと知恵を貸すことにしたのです。
「ちなみにお化けさんって、性別とか、年齢層とかってどんな感じです? 一番多い世代教えて下さい。それで遊びの種類も変わってきますので」
「うむ、お化けは死ぬと、だいたい若いときの自分に返る。その頃が一番良かったと思うんだろうな。10代後半~20代前半のお化けが多い。そして性別は男ばかりだ。なぜなら女のお化けはみんな、鬼が連れて行ってしまうからだ」
「なるほど、若い男ばかりで、金がないけど興奮する遊びをしたい、と。簡単ですね。女の尻を追いかけたらいいじゃないですか?」
「S、Siri?」
「ヘイSiri、じゃないですよ。女のケツです」
「そんなものを追いかけて、何が楽しいのか?」
「え? でも10代の男の子なんて、みんな女の子を追っかけ回してキャッキャウフフしてますよ。飽きずに毎日」
「他にすることはないのか? 遊びといっても、将来手につくような、そう、例えばDIYして工芸を学ぶとか……」
「しないしない、男なんて獣ですよ。死者になるとそういう情熱、冷めちゃってるのかもですけど、結局みんな若いときに回帰してるんでしょ? だったらヤりたいことなんて結局、繁殖なんじゃないですか?」
「………………」
リッチさんが困惑した顔で黙ってしまったので、幽子はアセロラドリンクをちびちびやりながら、リッチさんの考えがまとまるのを待っていました。が、じっと沈黙を続けているリッチさんに、せっかちな幽子は黙っていられません。
「もー、そんな悩むことですか、まずは試してみればいいんですよ。ここに女もいるんですし」
「おまえの尻を追いかけろというのか」
「別にちょっと試してみるくらい、どってことないですって。悩んでる時間がもったいない!」
「う、うーむ。何か間違っている気もするが……折角のアドバイス、無下にするわけにもいかん。おい、誰かお岩さんを呼んできてくれ!」
幽子の勢いに飲まれて、リッチさんが一人のお化けを呼びつけました。
リッチさんの一声でさっと一人のお化けが走り、やがて、他のお化けよりもシュッとした白い影を連れてきました。
「リッチ様、お呼びでしょうか?」
声もちょっと高めで、幽子もこのおばけが女性とわかります。
「お岩よ。ちょっとこの幽子の尻を追いかけてみてはくれんか?」
「は、はあ……ようござんすが……なぜに?」
「この幽子が言うにはだな、それをすると、金もかけずに長く楽しめるらしいのだ。本当にそうなら、部下たちに夏休みの娯楽を提供してやれると思ってな」
「な、なるほど。それでは幽子さん、失礼してお尻をば」
「いいですけど、なんで女性? 女性いないんじゃなかったでしたっけ?」
当然の疑問を浮かべる幽子。
「うむ、いきなり男をけしかけては、セクハラになると思ってな。ちなみにお岩さんは江戸時代から活躍するお化け界のカリスマでな。そうとうに人心をビビらせたので、今は特別待遇で気ままに暮らしているのだ。鬼といえど、お岩さんにはおいそれと意見できないからな」
「へぇ、すごいんですね。ちょっと憧れちゃうかも」
すかさず持ち上げておく幽子。それに気を良くしてお岩さんは白装束をゆらゆらと揺らします。
「では幽子さん……っていいましたっけ? お尻を追いかけさせてもらっても?」
「どぞどぞ、あ、尻を追いかけるは比喩的表現だから、実際は性的な気持ちで私を眺め回しつつ、メチャクチャにしてやりたいという心持ちで、後ろに立ってオーバー」
「は、はあ。よくわかりませんが、できるだけ性的な気分で見てみますね……あれ、近いからか、体温を感じる……若いからお肌きれい……それにいい匂いがする気がします……ちょ、ちょっとムラムラしてきたかもです……だ、抱きしめたい!」
お岩さんはレズっけもあったようで、鼻をふんふんさせて幽子に覆いかぶさってきます。
「あ、お触りはなしでお願いします。お試しなんで」
「え、そんな無体な。お胸をモミモミしては?」
「ダメです」
「ああ、そんな殺生な!でも駄目と言われると余計興奮してきます。どうしましょう、死んで初めてのこの気持ち」
お岩さんは身をよじりながら、偶然を装って幽子の体に触れようとします。
「もうこの時点でセクハラなんですけど……相手の同意がない場合はお触りはなしで。健全に行きましょう。で、どうですか。ちょっとは楽しめてるんじゃないですか?」
「お岩よ、どうなのだ。楽しめているか?」
「ちょ~たのしーです! お化けになってから、食べたり寝たりできなくて欲求不満でしたが、えちえちな気持ちにはなれるんですね! 生きてる実感がわきます!」
死者だって生きてる気持ちくらいありますよね。お岩さんがフィーバー状態になったので、リッチさんはとりあえずお岩さんをクールダウンさせるために、近くの井戸に放り込んで、「皿でも数えておけ」と申し渡します。
「それはお菊の仕事~、ああ幽子ちゃん、またお願いねえぇぇぇ……!」
お岩さんの声は井戸の深い方に消えていきました。
実証実験も終わり、リッチさんも満足気です。
リッチさんはお化けたちを集めると、閻魔にかけあって、皆に3日の休みをもらったこと、その間、やりたいことが特にないものは、さきほど考案されたアクティビティに挑戦するといい、と演説しました。
お化けたちは急なお休みに、喜ぶよりは戸惑う様子でしたが、アクティビティの説明を受け、ちょっと幽子さんでお試ししてみてから、とりあえずやってみるかと思い思いの心霊スポットへとはけていきました。
「これで皆が楽しんでストレス解消してくれるとよいが。幽子よ、ご苦労だったな。望む褒美を言うがよい」
「じゃあですね」幽子は待ってましたと言わんばかりにスマホを取り出すと、地図アプリを起動しました。地図には3箇所、ランドマークが立っています。「とりあえずこの3箇所にいる県議たちにですね、高速道路を通さないと家族全員呪い殺すって感じで、脅してもらえますか? あ、ホントに呪っちゃだめですよ。脅かすだけでいいです。高速道路のルートはこういう感じでお願いしますね。この辺の山、おじいちゃんのなんで」
「幽子よ、さっきのは冗談じゃなかったんだな……」
こうして幽子は巨額の資産を築き、やがて政財界へと乗り出していくのです。幽子と敵対した者は、肩が重くなったり、写真に手が写ったりするということで恐怖し、誰も優子に表立って逆らう者はいなくなったといいます。
さて、当のお化けたちはセクハラ三昧で、大いに意気が揚がったといいます。
ほとんどの人には霊は見えてませんから、なんか最近後ろに気配を感じるなー程度で、特に実害はなかったとか。むしろお化けはお気に入りの相手を守ってくれるので、守護霊が大量発生し、街全体の幸福指数が上昇したとも言われています。知らんけど。
「マジ楽しいんだけど。この触りたいけど触っちゃダメってルールがいいよな!」
「会話通じないから、同意とれる子いないもんな!」
「なんか寸止め食らってると、際限なくボルテージ上がる!」
「オレ、お化けになってよかった……」
「なんでいままで、人を恨んだり、脅かしたりしてたんだろう……そんなの、楽しくないよ!」
「最初は恨みがあったりもしたけどさ、数年やってると、恨みも薄れてきて、なんか仕事になっちゃうんだよな。言われてノルマのために呪ってまーす、みたいな」
「モチベわかないよな、そういうの良くない。働き方改革だ!」
やる気が出たお化けたちが女の尻を追いかけ回した結果、ちょっと霊感強い人たちが至るところで霊を目撃し、幽子の街は心霊街として有名になったのです。観光収入爆上がりで、その財源で本当に高速道路、通しちゃったし。
閻魔様もこの街のお化けの成績上昇にご満悦、発案者のリッチさんとは酒を酌み交わす仲になったとか。なお、この街をモデルケースとして水平展開を図った閻魔様ですが、他の街ではお化けたちがエロエロになったりはせず、冷めた様子だったとか。
「うーん、幽子がキーなのかな……あの子、出雲の巫女だし、なんか太陽のパワーを感じるよなあ」
リッチさんはその後も幽子と腐れ縁でこき使われるのですが、それはまた別のお話し。
呪文
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