★静寂回路YUKI❹
自立型アンドロイド《YUKI-03》は、今日も瓦礫の町を歩いていた。ゆっくりと静かに歩く。がらくたを踏んだときの馳せる音だけがひびく。
かつて、さらさらの髪の毛だったり特殊シリコン製のぷっくりとした唇だったりした事が想像すらできない。
彼女は本来、教育支援や育児、生活補助を目的に開発された。子供たちの手を取り、宿題を見守り、泣き止まない幼児を抱きしめていた記憶がある。
だが、今ではその対象である子供たちの姿はどこにもいないし上書きされ続けるメモリの彼方に消えかけている。
ロット後半のアンドロイドたちは「3体反応型バッテリー」を搭載し、理論上は半永久的な稼働が可能となっている。だが、YUKIは違った。
旧式の2体反応型ベースのバッテリーは、少しずつ確実にその最大容量を減らし、今では65%を切っている。
このまま歩き続ければ、いつか私もシャットダウンすることだろう。そう思いながらも、彼女は今日も巡回を欠かさない。
道の端には、役目を終えた同型のアンドロイドたちが横たわっている。かつて誰かのために尽くし、そしてもう誰にも必要とされなくなった存在たち。
その姿を見つけると、YUKIは小さく会釈する。それは学習で得た。彼女の中では「当たり前」の所作になっていた。
ある日、交差点で立ち止まっていると、見慣れた二体のアンドロイドが現れた。女性警官型アンドロイドHANAと、男性警官型アンドロイドAKI。
彼らはYUKIに気づくと軽く視線を送ったが、踵を返し倒れたアンドロイドに向かって静かに敬礼を捧げた。
「ご苦労様でした、YUKI-07」
HANAがそうつぶやいた。
YUKI-03は記憶データを検索した。
…YUKI-07は、私と同期だった姉妹機。子供たちを笑顔にするため、毎日歌を歌っている映像データにヒットした。
HANAとAKIは、もう一度私に視線を向けた。
彼らの敬礼が遠くない未来、自分に向けられる。
地面に膝をついた。少し休むとバッテリー容量が回復する。
「まぁ、そのうち…」かつてオーナーだった旦那様の口癖でした。
まぁ、そのうち…。
役目を終えるその瞬間まで、「歩く」ことが、私の存在理由だから。
呪文
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