3月24日は徳川家康の征夷大将軍就任日
関ヶ原の戦後処理もこの頃には全て完了しており、既に徳川一強体制は盤石でした。
そして戦後処理完了と同時に、保元の乱以降600年近く日本のどこかで必ず起こっていたドンパチ騒ぎがピタッと止まります。
かの豊臣秀吉の天下統一後ですら最後の最後まで奥州の小競り合いは止められなかったのに、です。
揉め事が起こったら鎮圧、ではなく、そもそも揉め事を起こさせないシステムを構築する。
江戸幕府の方針にはそんな強固な意思が見える気がします。
ご存知の通り、この時点では不安材料が数点残っていました。
それについては6月3日or6月4日に語るとしましょう。
(投稿が続いていれば……💦)
さて、徳川家康と言えば、
「泣かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」
の川柳で有名です。
征夷大将軍就任時の家康は60歳。
源頼朝は45歳、足利尊氏は35歳で就任なので確かに遅咲きです。
もっとも実際の本人はかーなーりーの短気&すぐヤケクソになることで有名でした。
ピンチに陥るとすぐ「切腹する!」と言い出して家臣が慌てて引き留める事態。
少なくとも3回は同じやり取りやってるようで「まーた殿の悪い癖が始まった」と家臣にすら呆れられてたかも😅
言うまでもなく、全て未遂に終わっています。
追い詰められた時にこそ本領を発揮できることが、最終的な乱世の勝利者へと続く道だったのでしょう。
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