★静寂回路YUKI❶
自立型アンドロイド《YUKI-03》は、今日も廃墟の街を歩いている。
登録名:YUKI。戦闘機能は持たず、教育支援と生活補助を目的とした旧式のモデルだ。だが彼女の対象であった子供たちは、もうこの世界にはいない。
他のアンドロイドが「3体反応型バッテリー」を搭載しているのに対し、YUKIのそれには寿命がある。
空は鈍く曇り、苔むした道路に風が吹き抜ける。かつての交差点でYUKIは立ち止まり、両肩に付いた空間センサーで左右を確認してから横断歩道を渡る。プログラム通りの行動。誰もいないのに、彼女は律儀だった。
「Code: AKI、確認。異常なし。」
路地から姿を現したのは、警察型アンドロイド《AKI-07》。交通違反も犯罪もない今も、制服を着てパトロールを続けている。YUKIとAKIは静かに会釈を交わし、言葉を交わすこともなくすれ違った。
「Code: RINA、清掃完了。」
次に出会ったのは、メイド型家事支援アンドロイド《RINA-12》。玄関のない家の前にひざまずき、箒で瓦礫を集めていた。ドレスの裾は破れ、エプロンは煤けているが、動作は正確で丁寧だった。YUKIは彼女の隣に立ち、そっと手伝った。かつての生活支援プログラムが実行されたせいだ。ふたりの動作に無駄はなく、静かな協調が流れていた。
それが終わると、またYUKIは歩き出す。
話す必要も、行き先もない。だが止まる理由も、彼女にはなかった。
YUKIの胸部には、今は使われないネットワーク受信ポートがついている。AI中枢が崩壊した今、指令も更新も届かない。だが、彼女のシステムはまだ世界の一部として作動していた。
もう誰も彼女に「やめろ」とは言わないし「役立たず」と罵声もあびせない。
ただ静かに、今日という一日が通り過ぎていく。
陽が傾く。街の奥、かつて学校だった建物の前でYUKIは立ち止まる。崩れた門柱に手を当て、破れた制服の胸元をそっと握る。上書きされ続けるメモリの奥に、誰かの笑顔がある気がした。
「……また、明日。」
かすれた合成音声で誰にともなくつぶやく。
オルゴールの様な日々。
彼女の姿は街の静寂に溶け込んでいった。
呪文
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