小説『今日、この頃のウサギ』【ニャンノ世界】
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【絵物語】
『今日、この頃のウサギ』
唐突にうまくできたとか…
唐突に下手くなったとか…
比較しても、結局のところは
苦しくなるだけなのだと
思うようになった。
例えば、ランキング…
昔の頃は、順位とかに苛まれることがあったが、今では…いや、
嘘だ…やっぱり、人間というものは
この獣なる衝動かそれらを意識すると苦しくなる衝動がありながらも人は矛盾を背負った生き方を好むのか、ウサギは、冥土隊の序列を意識したくはないが意識せずにはいられなかった。
「苦しくなるだけなのに…」
其を理解しながら、苦しみに身を置く、私はなぜなのだろうと内省する。内省した結果、得られたことは、修復するための心と、内省的な世界に意識を集中するようになった。また、お題なるものを意識しない作品作りを心がけるようになったことも大きい。おそらく、創作に苦を生じていたのは、四日間の短い期間で構築される企画に参加せねばという重圧から、柔軟な発想というものは、生まれなくなっていたのだと思う。
我が求むるは順位ではなく、世界を紡ぐことであり、企画を第一目的にしてしまったら、企画を制作するために構築するという無機物的な虚無に浸っていたことに気づく。我は我がための世界の為に綴りたいのだ。お題があると…不自然な部分が構成されてしまう。
イメージすると、家に、不自然に増築された歪な形である。
果たして、その制作は、創作は、本当に作ったと言えるのだろうか?
突き詰めると、自分がやってきたことの時間はあるのか?心があるのか?と問いかけたい…
私はこの点に関して、単に張り付けたとか真似た作品に関しては、
唇をむっとさせて、不機嫌になるのだ。
システムを真似ただけの、人形的で空虚な構造…、その構造に抱きし思いというものは…どう言えばいいか、言葉が思いつかないのだ…
あなたはただ、それを貼ったにすぎない…確かに魔法は唱えた…だが、それ以外にしたことはなんだ?と、気にしなければいい、そうだ、気にしなければいいのだが、どうしてもタイムラインを見ていて、お題に囚われていや、しないか、窮屈ではないか?そのキャラクターは本当の意味で羽ばたけてるのかと感じるわけで…
見えない枷が組み込まれてるのではないかと思うと、なんというか心を締め付けられる思いに駆られる。
ウサギは優しくはない…これは、正義や悪では断定できない複雑で、一言では述べることのできない思いを書いているに過ぎないのだ。
言葉足らずなのは仕方ない…言語的な能力というのは、個々人のもたらす箱庭の大きさが決めてるのかもしれない。しかれども、言葉は大切に扱うべきではないか。
昨今は言葉に対する感覚を、数字以上に軽視しているように思えてならんのだ。
言葉で人を殺せる時代、恐ろしい時代になったものである。
手軽に情報を入手することができたせいで、人類は知らないことを知ることができたと同時に、言葉が以前よりも、いや、以前から武器だったものが、さらに無差別的な爆撃も可能になった凶器へと変身していることを我々は忘れてはならない。
だからこそ、〈考える〉空を宙にして無限大に思いを馳せて考えるのだ。
命を削り、鰹節を振りかけるが如く…想像の手、空想の瞳を動かしていく…
動かし、考える、繰り返していくことで、人は自ずと其々の世界を構築していくことができ、固定化された枠組みを超えて飛び立つことができるのではないかと考えるのだ。
ウサギは銀河を見つめ呟く
「明日の宙が光るだけでいい…それだけで私は生きていると認識できるから…」
呪文
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