ラッキースケベの代償は大きすぎた
ダブルサイズのベッドには、ピンクを基調としたシーツと毛布、羽毛布団が丁寧に整えられており、窓際には可愛らしいアクセサリーボックスと化粧棚が並んでいる。
派手さこそないが、アタシとしては比較的シンプルな内装だと思っている。このほうが落ち着いて公務に集中できるし、無駄なものは必要ない。
窓の外からわずかに自然音が聞こえる程度で、室内は静かそのもの──資料の確認がはかどる。
邪神との攻防……。ラーヴィとルミィアは、これまでアタシの妹である椿咲の生霊から相手の情報を得られていたようだけど…
今は互いに手の内が見えない状況。何としても、この資料から敵を出し抜くヒントを掴まなきゃ!
そのときだった──突然、葵あおいの叫び声が彼女の部屋の方向から響いた!
「えっ!? なに!? 葵の悲鳴!? ……まさか──!?」
邪神に関わる何かが、葵に近づいた……?
そんな、嘘でしょ!? くそっ、油断した! まさか城の中で事件が起こるなんて──!?
「葵! 葵いぃいい!!」
嫌だ! 椿咲だけじゃなく、葵にまで被害が及ぶなんて……そんなの、絶対に許せない!
アタシは自室の窓から背中に翼を展開し、一直線に葵の部屋付近の窓を突き破って廊下へと降り立った。
砕け散ったガラスと窓枠……ごめん、ラーヴィ。あとで修理しといて! って、本人もう目の前におるやん!
アタシより先に駆けつけてるなんて、流石やね……でも──
……ん? なんでコイツ、顔を真っ赤にして葵の部屋の前に背を向けて立ってるの?
それに、葵の部屋のドア……まるで激しく閉められたみたいな痕がある。
何か尋常じゃないことが起きたのは間違いない。まずは、一番最初に現場にいたラーヴィに聞くしかない。
「ちょっと! ラーヴィ! 今の悲鳴、一体何があったの!?」
その瞬間、彼はビクッと肩を震ふるわせた。なんなん、この反応……初めて見る表情やん……
そして、なんかすごく申し訳なさそうな顔してるし……はぁ?
すると、葵の部屋のドアからガチャリと音がした。ゆっくりとドアが開き、真っ赤な顔の葵が、周囲をキョロキョロ見回しながら姿を現した。
アタシとラーヴィを交互に見比べたあと、葵はいきなり、まくし立てるように話し始めた。
「はぁ、はぁ……! お、お! おおおおお姉ちゃん!? 違う! これは……違うと! じ、じじじじ……事故! うん、事故なんよ、これ!」
動揺してるのはよく分かるけど……ごめん、葵。アタシの頭の中には『???』しか浮かばんのやけど?
一度目をぎゅっと閉じたあと、意を決したような様子で、ラーヴィがアタシに向かって口を開いた。
「……経緯を説明すると、だな──」
その言葉を聞いた葵は、さらに慌ててラーヴィの前に飛び出す。
彼の目の前でぴょんぴょん跳ねながら、手を頭の上でバタバタと振り回し、彼の言葉を必死に遮った。
「ちょっ!! 兄に! タンマ! 今は言わんで! お願い!」
葵のこの様子……その一瞬で、アタシの頭に一つのとんでもない疑念が浮かんだ。
なにか、エッチな事案があったとやろか……?
……いやいや、まさか! そんなのあるわけないやろ! こういう疑いは、右から左へスルーするのが一番!
とにかく、実際に何が起こったのかを確かめないと……
「でも葵、何があったの? あんな叫び声聞こえたら、めちゃくちゃ心配するやん!」
「お、お姉ちゃん……あの、その……」
振り向いた葵は、恥ずかしそうにもじもじしていた。
その姿、めっちゃ可愛いんやけど……逆に、さっきの疑惑がまた浮かび上がってくるやん?
すると──ん? なんか騒がしい?
音のするほうに目をやると、ミントがこちらに走ってきてる。
って……ちょっと待って!? 蛍ほたる子こに加えて、戦闘要員のメイドたちまで!? 大所帯やん!
層々たる顔ぶれが集まってくる……なにこれ、戦争でも始まるんかって勢いやん!?
ミントはその一団の先頭に立ち、真剣な表情で葵に声をかけた。
「葵! 無事!? 兵舎まで葵の叫び声が聞こえたわよ!」
どうやら、葵の叫びを聞きつけて、皆が一気に駆けつけたらしい。
みんな、心配してくれてるんやね……ありがたいわ。
そのとき、葵は顔を真っ赤にしたままうつむき、少し間を置いてから、そっと手を上げてつぶやいた。
「そ……それはね? ウチ……ウチ……」
か細い声で何かを話しているけど、アタシには聞き取れない。
でも、洞窟ウサギの亜人であるミントにはしっかり届いたようだ。
他のウサギ族のメイドたちも、なにかを悟ったような「あらぁ~?」って顔……なんなん、それ? マジで。
しばらくミントは唖然としていたけど……次の瞬間──
彼女の頭にウサ耳がぴょこんと立ち、全身は緑色の体毛に覆われる……って、うそ!? 一気にビーストモード化!?
そして、その鋭い眼光をラーヴィに向けて──まさか、ガチで怒ってる!?
低くうなり声をあげながら、殺気まじりに叫んだ。
「こんの! 変態!最低な人!」
そのままラーヴィに向かって猛突進!
ラーヴィは避ける素振りすら見せず、ミントのタックルを真正面から受け止め──そして、二人は勢いのまま城の壁に激突!
ドンッ!! という衝撃と共に、防護魔法で強化された石造りの壁が大きく崩れ落ち、まるで爆発するように大きな穴が空く。
……ミントのタックルなら、どんな強固な壁も貫くんやろうけど…しかもそのまま、もみくちゃになりながら空いた穴から二人とも地上へ落下──
うんうんうんうん! マジで、何が起きてるん!? もう訳分からん!! 葵は手で口を覆い、青ざめてる。
「に! 兄にぃぃいい!」
慌てて皆で地上に降り、二人を救出に向かうと──
なんと、ミントがラーヴィに馬乗りになって、拳を振り上げていた。
「何て酷い人! 私以外の 女の裸を見るなんて! そんな人だと! 思わなかった! なんて事をしてくれたのよ!」
泣き叫びながら、何度も──何度も彼を殴り続けるミント。
そしてラーヴィは、ただ黙ってその拳を受け入れていた。
崩れた城壁、吹き抜ける風、沈みゆく夕陽の中で──
まるで感情の嵐が、魔王城の一角を飲み込んだかのようだった。
呪文
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