秘密のイチゴ狩り
「……“あなたは素晴らしい果実です”」
「狭霧さん、何してるの……?」
菜園の見回りに来た紫峰怜花が、ハウスの奥で苺に語りかけている華蓮を見つけて、思わず声をかける。
「実験中です、先生。優しい言葉をかけると、果実の糖度が上がるという仮説を検証しています」
「またすごい方向に飛んでるわね~」
華蓮は真剣な表情のまま、小さな白いノートを取り出した。
「本日三日目。対象個体は“さちのか2号”。昨日よりも紅みが3%増し、見た目もふっくらしました。これは有意かもしれません」
「……気のせいじゃなくて?」
「可能性はあります。ですが、“愛の波動が果実の成長に作用する”と述べた農学者は、少なくとも一人存在します」
「それ、研究者じゃなくてスピリチュアル系の人じゃない?」
「それでも、信じる心が作用を生むというのは、ある種の観測結果です」
「量子力学の方向に行ってない?」
怜花は苦笑しながら、隣の苺にしゃがんで向き合った。
「じゃあ……“甘くなーれ”って言えば、私にもできる?」
「声の周波数と語調によっては、効果があるかもしれません。先生の声、とても綺麗で柔らかいですから」
「え!?……そうかしら?……」
ふたりで小さな苺を囲んで、「がんばれ」「いい子だね」と囁いている姿は、遠目にはちょっとした宗教儀式のようでもあった。
数日後。糖度測定機を借りてきた華蓮が、無言で苺の糖度を計っていた。
「どうだった?効果あった?」
「……0.2%だけ上がっていました」
「え、それって……?」
「誤差の範囲です、気のせいかもしれません、でも心には効果はありました!」
「え~あんなに一生懸命褒めたのに~」
怜花は笑いながら、そっとその苺を一粒摘んでかじった。
「うん、気のせいでも……なんだか甘いかもね」
“糖度向上計画”の成果は、きっと数字じゃ測れない。
呪文
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