覚醒する葵、月美とミントに愛の宣戦布告をする
日が沈み、辺りが暗くなり始めた頃。場所は変わり、魔王城に併設された病棟の緊急治療室。アタシと葵は、そこにいた。
白く清潔な壁と床。病床にはバイタルモニターが設置され、そのすぐ隣には、治療を受けた瀕死のラーヴィが静かに横たわっている。
モニターのランプは、黄色──危険レベルを示す色が灯ったままだ。まだ、意識は戻っていない。
一定間隔で鳴る機械音。薬品と消毒液の匂いがわずかに漂う、静寂に包まれたその部屋で、アタシはこれからのことを、葵に告げていた。
「ということで、しばらくはアナタの訓練、アタシが直接見るわよ。いいわね、葵?」
葵は泣きながらうつむいていたが、やがて小さく頷いた。そして、問題の──この男!
「コイツは怪我が治るまで謹慎処分! それと、ミントとの接近禁止にしとくから。安心してね」
……はらわたが煮えくり返るって、こういうことを言うのね。
可愛い葵の裸を見たなんて、破廉恥にもほどがある! しかも、ミントはそのことで激昂して……ラーヴィを袋叩きにするし!
で、肝心のこいつは……無抵抗だったわね。罪悪感からかしら?
でもさすがに命の危険があったから、ミントをなだめて応急処置をしてから、こうしてここへ運んだ。
アタシの管理不行き届きもあるけど……はぁ、リリスと対峙するというのに、このドタバタ劇……ほんと大惨事やん。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お姉ちゃん! ラーヴィ兄には悪くないとに……それに……」
「葵、コイツに騙されたらダメよ。しばらくは距離を置いてほしいの」
「そ、そんなぁ……ホントに悪いのは、ウチなんにぃ……」
「乙女の肌を見たからには、相応の罰を受けてもらうわ。アナタは気にしなくていいのよ?」
不可抗力だろうと、見たものは見たんだから。けじめは、ちゃんとつけさせる。
その言葉を聞いた葵は、顔を上げた。
泣き顔には、どこか寂しげで……失望の色が浮かんでいた。
そして、決意を込めたように立ち上がり、大きな声で叫んだ──
「もう! 本当に兄には悪くなかと! お姉ちゃん、分かってよぉ! それに……兄にが、こんなになるまで痛めつけるなんて……ミントちゃんも酷い!」
……おおっと!? 怒ってる!?
葵……アタシとミントに対して、はっきりと怒りをぶつけてきた!?
その瞳には、今まで見たことのない鋭い光が宿っている。記憶が戻って、自己主張が以前よりもしっかりできてる?
そんな……アタシは、アナタの純潔を守るために行動してるのに……
ミントは……まぁ、完全にジェラシーからだけど……。
葵はヒステリック気味にアタシを睨みつけながら、さらに声を荒げた。
「そんな、わからず屋なお姉ちゃんとミントちゃんやったら──ウチ! 言うことなんか聞きたくなか!」
「そ、それはダメ! だって、アナタ……コイツに──」
その言葉を遮るように、葵は強く首を振る。
……え? まさか、拒否……? 本気でアタシを……拒否したってこと?
「二人が兄ににこんな仕打ちをするんやったら──ウチ! ウチが兄に、貰うきね!!」
……は、い?
今……なんて言った?? アタシ、今…どんな表情しているの?
葵はラーヴィのそばにしゃがみこみ、涙を流しながら寄り添う…二人の姿が目に焼きつく。
椿咲の救出に向けて一致団結しなきゃいけないこのタイミングで、まさか味方内でこんな分裂が起こるなんて……
これは、かなり痛いダメージ。足元が崩れていくような、嫌な感覚……。
少し冷静になって、改めて考えてみた。
確かに、今回の件、ラーヴィに明確な落ち度はなかったのかもしれない。
でも──それでも……なんか、納得できない自分がいる。
……この、胸の奥に引っかかるモヤモヤは……
まさか、アタシも──嫉妬してるってこと!? 気づかないうちに?
「兄にぃぃ! 死なんで! お願い!」
葵の悲痛な叫びが響く。
その表情……あまりにも苦しそうで、胸がズキンと痛んだ。両親のこともあるだろうからか…
ラーヴィの事を、真剣に…葵も愛してしまったの?
「……葵、ごめん……アタシ、言い過ぎたわ……」
とっさに出た謝罪…でも、葵は反応しない。
……ヤバい、これ……本気だわ。ねぇ、葵まで…コイツを?
そのときだった。
ふわりと、葵の体から柔らかくて、あたたかいマナの気配が広がっていく。
えっ……急に、どうして……?
青く澄んだ光が、葵の全身を優しく包み込む──それは清らかで、穏やかで……どこか、神聖な光。
そして、そのマナは、横たわるラーヴィの体へとゆっくりと繋がっていく。
……嘘。マナの流れが、完全にリンクしてる!?
その青い光がラーヴィの体全体を包み込み、次第に彼の傷が癒えていくのが分かる!
「えっ……なに、これ……?」
一体、何が起きてるの……?
しかも──病床に設置されたバイタルモニターのランプが、危険を示す黄色から、一気に正常値の緑へと切り替わっている!
「嘘……!? バイタルの数値が……急激に安定してる!? え、これって……まさか──!?」
思わず、言葉が口から漏れた。
この現象──
まさか……これが、治療魔法……!?
古代の時代に失われたとされる、あの伝説の──! 地下の古代図書で一度だけ記録を目にしたことがあるけど…
でも、葵自身はまったく気づいていない様子。ラーヴィの事に必死みたい…
まるで、本能のままに……いや、愛のままに、無意識で発動している。
すると、閉じられていたラーヴィの瞼がゆっくりと開かれ、葵に向けて穏やかな声が届いた。
「……これ、か? 葵が《《見てほしい》》と言っていたのは……」
その一言に、葵の表情が一変する。
パッと花が咲いたように明るくなり、目に涙をためながら笑みを浮かべた。
「兄に! 大丈夫なん!? 生きちょるんやね!? よかったぁ……!」
「このマナ……まさか、僕のマナが、葵の体の中で増幅されて……変質したものなのか?」
「……わからん。けど、体の中から溢れてきて……気づいたら、こんなふうに光っとって……これって、なんなん?」
さらに、ラーヴィの傷の治療が進んでいく……。
あの悪夢の大蛇との戦いで負った傷以上に深刻だったはずなのに、
葵のマナが発動したおかげで──わずか数分で、完治してしまった。
信じられない……。これが、本当に治療魔法──いや、《《癒しの奇跡》》……。
自己再生なら、戦士クラスのマナ使いなら可能だけど……他者を癒やす力なんて、今の時代では例がない。
それを、葵が──無意識にやってのけたなんて。
「状況から見て、これは……超回復のマナの秘術だろう。助かったよ、葵」
「兄に……もう、痛いところはなか? 秘術って……ウチ、よくわからん……兄にが、助かるように祈ってたんやけど…あ、え………ぅ!」
次の瞬間、葵がふらりと体を傾け、崩れ落ちそうになる!
「葵! だ、大丈夫!?」
慌てて、アタシは彼女の身体を支えた。ラーヴィも身を起して、葵の身を案じている。
無理もない……普段からマナを扱い慣れていないのに、あんな高密度の力を放出したら、体がもつわけないやん……!
けれど──
息を荒げながらも、葵はアタシの腕をふり払う。そして、はっきりと──強く睨みつけてきた。
……そんな目で……見つめないで……悲しくなる!
アタシ、本当に──葵に、嫌われた……?
「……お姉ちゃん、出て行って。ウチが、兄にを見守るき」
まだ意識ははっきり戻っていない様子のラーヴィ…葵の今の意思に気づいていないみたい…
「いや、もう大丈夫だぞ? 葵のおかげで──それよりも、あお──」
ラーヴィの言葉を、葵は聞こうとしなかった。
そのまま彼の胸に手を添え──迷いのない瞳で、そっと顔を近づける。
そして──
葵は、ラーヴィの唇を奪った。
そのまま、優しく、けれど決意を込めて彼を抱きしめる。
月美であるアタシの目の前で……まるで、「これはウチのものやけん」と言わんばかりに。
これ…マジで……本気の……キス?
……脳の奥で、「グシャッ」と何かが潰れるような音がした。
砕けたのは──プライド? 期待? それとも、ほんの少し抱いていた淡い想い……?
「兄に、少し頂戴……」
「……! そうか、使った分のマナをだな。分かった……」
葵は愛おしげにラーヴィを抱きしめたまま、静かに唇を重ねた。ラーヴィは、意図を…勘違いしとるな…これは…それでも…
葵を大事そうに抱きかかえて迎え入れている…
長く、深く──まるで、何かを確かめるように。
葵はそっと唇を離し、振り返って──怒りに震える声で言い放った。
「早く……出て行ってっちゃ! お姉ちゃん!!」
葵の怒りに、戸惑うラーヴィ。状況が飲み込めず、若干困っている。
「葵……? な、何をそんなに……っんん!」
……その瞬間、ラーヴィが何かを言おうとしたのに、葵は再びその唇を塞いだ。
躊躇いも、戸惑いもない。それは、決意のキスだった。
もう、どうすればいいか分からなかった。
アタシはただ、立ち尽くしたまま──そこに居てはいけない存在になったような気がして……気づいたら足が動いていた。
気がつけば、アタシは城の地下。
ミントが入れられている謹慎部屋の前に立っていた。
一晩中、何も言わず──何も考えられず──ただ、そこに居た。
……この痛みは、きっと時間が癒してくれるんよね。そう信じなきゃ、心が持たない。
何を間違ったのか……嫉妬心が? 答えが分からないまま、アタシはそのまま夜を明かした…
呪文
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